飛鳥時代

冠位制度ができ、階級の色が定められたこの時代。
6〜8世紀、飛鳥から奈良朝になると、古事記や日本書紀などから、
私たちの祖先がどんな社会にいきていたかがわかってきます。

この時代の衣服は、なんといっても、聖徳太子や、吉祥天女像などに代表され
ますが、これらの衣服は、貴族達の礼服であって、一般の人達の衣服は、
もっと簡単のものであったのでしょう。
 
この時代の衣服は、中国の隋の朝廷の礼服とほぼ同じです。
飛鳥時代、聖徳太子は髄の国へ遣隋使を派遣して、この先進国から、
あらゆるものを吸収しようとしました。
その結果、国家組織の中心となる律令制度はもとより、仏教、美術、服飾なども
大いに影響をうけました。

推古天皇の11年(603)、に制定された冠位十二階の制度は、やがて、
衣服というものが、外敵から身を守るために着るなどの初期の目的から、
上流社会の人々のステイタス・シンボルとしての意味を含ませ始めるのです。
つまり、冠位階級というのは、十二階級のそれぞれに、
上位から、紫・青・赤・黄・白・黒の濃淡で、階級の色が決められていたのです。
このことによって、自分の階級以上の色の冠と衣服をつけることを
禁じたのでした。

               < 参考引用文献〜京の着つけと帯結び〜 >


2005年12月23日 23:34

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